連合 総研 レポ


DIO 2015, 7, 8
寄稿
藤原 千沙
(法政大学大原社会問題研究所准教授)
「 多 様 な 働 き 方 」に お け る
生活賃金の課題


特集

働く者にとって望まれる「多様な働き方」の前提条件

1 ある仕事説明会での経験から
 2011年の東日本大震災後、被災地で開かれ
た仕事説明会に参加した。会場であるハロー
ワークの会議室には首都圏から来た複数の会
社の担当者が並び、震災で仕事を失った被災
者への就業支援として自社ではこのような仕
事が提供できるという説明が続いた。いま政
府も推進しているテレワークの紹介である。
 テレワークとは「tele=離れた場所で」「work
=働く」ことを意味する言葉とされ、パソコン
やインターネットを活用することで、働く場所と
時間を柔軟に選択できる働き方とされている。
地元に仕事はないが地元を離れられない被災
者にとっては格好の就業機会であり、その説
明会への参加は雇用保険受給者の求職活動と
しても認められることから、多くの求職者が
参加していた。
 だがそこで紹介された仕事は驚くもので
あった。ある仕事は、意味のない数字や文字
をひたすらデータ入力する仕事だった。会社に
とっては意味のある文書だが、あえて意味が
わからないよう文字や数字を多数に切り分け
て発注するため、情報漏洩の心配や管理に困
らず安心できる仕事だと説明された。
 ある仕事は、指定されたキーワードを使っ
て文章を作成する仕事だった。指定回数以上
キーワードが入っていれば文章の中身は問わ
ないが、インターネット上からの文章のコピー
や盗作は厳禁だと注意点が示された。単に
キーワードを適当に散りばめただけの文章に
何の価値があるのかわからなかったが、イン
ターネット上での検索ランキングを上げるため
にそういった文章が 使用されるのかもしれな
いと想像した。
 ある仕事の説明では、仕事の報酬は現金で
は な く「 ポ イ ン ト 」 で 支 払 わ れ る と 明 言 さ れ た 。
インターネット上の買い物では現金同様に使え
るほか、ポイント交換サイトを利用すれば現
金や電子マネーにも交換できるので、現金と
同じですというのが担当者の説明であった。
「それは許されるのか」と驚き、会場にいるハ
ローワークの職員から何らかの注釈や補足説
明があるものと期待したが、何事もなく会社
の説明は続き、その日の仕事説明会は終了し
た。
2 雇用か請負か、生計維持か社会参加か
 国土交通省の説明によれば、「ICT(情報通
信 技術)を活用した場所にとらわれない柔軟
な働き方であるテレワークは、家庭生活との
両立による就労確保、高齢者・障害者・育児
や介護を担う者の就業促進、地域における就
業機会の増加等による地域活性化、余暇の
増大による個人生活の充実、通勤混雑の緩
和等、様々な効果が期待されている」とある
1

総務省厚生労働省経済産業省、国土交
通省など関係省庁が連携して普及促進を図っ
ており、第3次男女共同参画基本計画におい
ても、テレワークは「仕事と生活の調和を可能
にする多様な働き方」「ライフスタイルに応じ
た多様な働き方」として、短時間正社員制度
等と並んで推奨されている
2

 たしかに、会社に雇用されて働く労働者が
オフィス勤務だけでなく在宅勤務ができる日も

選択できるようになれば、労災認定の困難な
ど懸念もあるとはいえ一定の利点はあるだろ
う。月給や労働時間は変わらず、通勤時間だ
けを節約できれば、その時間を生活時間に充
てる ことで「 仕 事 と 生 活 の 調 和 を 可 能 に する 働
き方」といえなくもない。
 だがテレワークにはこのような在宅勤務とし
ての雇 用型だけでなく、 自営業の 個人事 業 主
として扱われる請負型が存在する。請負型の
テレワークは業務を安定的に受注できる見込
みもなければ、労働時間に見合った報酬が得
られる保証もない。しかも冒頭の仕事説明会
で紹介された仕事のように、最低賃金すら保
障されないばかりか現金でもない「報酬」。自
分が労働力を提供した行為の意味も知らされ
ず、それを通して自身が学び 成長することもな
い「仕事」。このような請負型のテレワークも
「多様な働き方」として推奨されるのだろうか。
このような仕事でどうやって生活できるのか。
 生計維持手段がほかにあるならば、安定的
でない仕事量も労働時間に見合わない報酬
も、 とくに支 障はないという人はいるのかもし
れない。社会とつながるために仕事をしたい
人にとっては、働きたいときに好きな場所で自
由に仕事を選べる請負型のテレワークも選択
肢のひとつになるのだろう。だがそれは年金
や個人資産といった、働いて得る「賃金」が
なくても生活できる人に限られている。仕事量
も報酬も不安定な請負型のテレワークは、生
きがいを求めて働く人の社会参加の手段とは
なっても、それで 食べていく生計維持の手 段
とすることは困難である。
 このような雇用型と請負型、生計維持と社
会参加という、二つの異なる特質が区別され
ずに一括して「多様な働き方」と総称され、さ
もこれからのICT社会や男女共同参画社会に
とって望ましい働き方のように喧伝されること
は問題である。被災地の仕事説明会に参加し
た求職者は、「生きていくために働く」「食べ
て い く た め に 働 く 」「 生 活 で き る 仕 事 」 を 求 め て 、
参加したはずである。にもかかわらず、そこ
で紹介された仕事は、その仕事で生活できる
ものではまったくなかった。
3 「多様な働き方」で生活できるか
 では、このような事例は、自営業にくくられ
る請負型のテレワークだったからこそ生じた問
題であり、雇用労働であれば生じないのだろ
うか。つまり、労働基準法最低賃金法など
雇用労 働者としての基 本的権利が 守られる仕
事であれば、その仕事で食べていくこと、生
活していくことはできるだろうか。
 残念ながら、必ずしもそうではない。パート、
アルバイト、臨時、非常勤、嘱託、契約、派
遣といった非正規雇用では、たとえフルタイム
働いても生活できる賃金が得られるとは限ら
ず、非正規 雇用の増加は日本 社会における貧
困の拡大につながった。
 厚生労働省国民生活基礎調査」によると、
2012年の相対的貧困率は16.1%であり、比較
可能な1985年以来、最悪の高さである。国際
的にみても日本の貧困率は高く、18歳〜 65歳
の稼働年齢層の貧困率14%はOECD平均10%
を上回り、稼働年齢層の貧困率において日本
OECD先 進34か国のうち7番目に高い国と
なっている
3

 しかも日本の貧困の特徴は「仕事がないか
ら」「失業しているから」貧困なのではない、
という点にある。世帯主が稼働年齢にある貧
困者の世帯状況をみると、世帯内に就業者の
いる割合は、イギリス33.0%、ドイツ33.6%、
フランス62 . 5%、アメリカ71.9%などに対して、
日本は82.7%ときわめて高い
4

 就業者がいるにもかかわらず貧困であると
いうことは、その労働報酬が生活できる水準
を満たしていないことを意味する。働いても貧
困から 抜 け出 せ ず、 働くことが 報 われ ない 社
会構造は、資本制経済社会の根幹を揺るがす
事態である。労働組合や労働運動にとっても
労働の価値の凋落は見過ごすことのできない
抵抗すべき課題ではないだろうか。
 これまで日本の労働組合は、いわゆる電産
型賃金で知られるように、「食える賃金」「生
活できる賃金」を求めて、生計費を考慮した
賃金要求を行ってきた。純 粋な生活給として
だけでなく、職務給、職能給、成果主義賃金
など賃金をめぐってさまざまな議論が行われる
なかでも、雇用労働者である以上、賃金で生
活することは大前提であり、たとえ仕事や成
果に応じた賃金であろうと生活できる賃金水
準を下回ることは想定されていなかった。賃
金が生活できる水準であることは当然であり、
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賃金をめぐる労使の議論はその水 準を超えて、
どのような賃金 決定が 公平・公正であるかが
焦点とされてきたのである。
 労働組合は、少なくとも正社員の賃金につ
いては、その賃金制度がどうであれ、生活で
きる賃金水 準を曲がりなりにも獲 得してきたと
して、では「多様な働き方」ではどうなのか。
「多様な働き方」とは従来のような正社員では
ない働き方を意味するものだとすると、そう
いった働き方を選択しても生活できる賃金は
保障されるのか。
 「多様な働き方」の議論で決定的に欠けて
いるのは、果たしてそれで食べていけるのかと
いう、賃金の視点である。
 不思議なことに、「多様な働き方」の議論に
おいては、その仕事の賃金だけで生活するこ
とは想定されておらず、他に生計維持手段が
あることが前提されているかのようである。
パートの女性は夫がいるので、生活できる賃
金水準でなくても困らないという前提で、正社
員の賃金とはかかわりなく、最低賃金制度や
労働市場の需給関係で賃金が決められてき
た。
 このように、正規と非正規とでは賃金の考
え方や決め方がまったく異なり、均等処遇が
行 わ れ て い な い 日 本 の 現 状 に お い て 、「 多 様 な
働き方」=「従来の正社員ではない働き方」
が広がれば、生活できる賃金を得ることので
きない労働者が増加するのは必然である。稼
働年齢層の貧困率が他の先進諸国と比べても
高い日本の現状は、非正規雇用の賃金では必
ずしも生活できないことを知っていながら対処
してこなかった労使の双方と、賃金の不十分
性を税や社会保障といった所得再分配でも対
処してこなかった政府、政労使すべての責任
である。
 稼働年齢層の世帯には18歳未満の子どもが
育てられていることが多いため、稼働年齢層
の貧困は「子どもの貧困」と密接に関連する。
2010年前後で、子どものいる稼働年齢世帯の
貧困率14.6%はOECD平均11.6%より高く、な
かでも、ひとり親世帯の貧困率50.8%はOECD
平均31.0%をはるかに超え、日本は他のどの
国よりも高い
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。稼働年齢層の貧困は、子ど
もの貧困につながり、子どもの貧困は、社会
の未来につながる。「多様な働き方」を推進し
ていくのであれば、生活できる賃金をすべて
の労働者に保障することが、社会の存続にとっ
て不可欠である。
4 生活できる賃金とは何か
 では、生活できる賃金をどのように考えてい
けばいいだろうか。
 第一に、世帯モデルとしては、親1人子1人
モデルを提唱したい。現状でも最低賃金でフ
ルタイム働けば自分一人の生計費は確保できる
かもしれない。だが労働者一人の生活をかろ
うじて満たすだけの賃金水準では、子どもを
産み育てることはできず、労働力の世代的再
生産は不可能となる。
 他方、親2人子2人といった共稼ぎモデルで
は、その賃金水準の半分で親1人子1人の世帯
が暮らせるわけではない。規模の経済が働か
ないからである。むしろ、親1人子1人が生活
していくことができる生計費を「生活できる賃
金」水準として設定すれば、親が2人いれば
子どもは2人以上養育することが可能となるの
であり、母子世帯や父子世帯であっても少な
くとも子ども1人であれば貧困に陥らずに生活
して いくことが できる。
 第二に、その賃金水準を得るために必要な
労働時間は、日々の労働力再生産のために、
また世代的な労働力再生産のために、必要な
生活時間が加味されていなければならない。
これについては、連合が掲げる「年間総労働
時間1800時間」モデルは、労働時間1日7.5時
間、年間労働日240日(週休2日)をベースとし
たものであり、妥当であろう。
 生活できる賃金を考えるうえで労 働時間の
視点は重要である。時給1000円で年間3000
時間働けば年収300万円を得ることはできる。
だが年間240労働日で年間3000時間とは1日
12.5時間労働である。1日24時間の半分が有
償労 働に費やされ、それ以外は生物体として
の生理的時間だけで毎日が終わる暮らしは、
生活しているとはいえない。ただお金があれ
ば子どもが育つわけではなく、子どもと向き
合いともにすごす時間が 必 要である。労 働力
の再生産にとって必要なのはお金だけではな
く、時間の保障が不可欠である。
 第三に、このように設定された生活できる
賃金を、 誰 がどのように保 障 するかである。
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直接賃金として個別企業に求めるのか、ある
いは間接賃金として税や社会保 障のルートで
求めるのか、いずれの方法もありうる。 
 たとえば、労働者が最低限の生活を営むの
に必要な賃金水 準として連合が試算している
連合リビングウェイジ(2013年)では、さいた
ま市、自動車なし、親1人子1人(小学生)世
帯で、月あたり必要生計費は171,326円とされ
ている。税・社会保険料込で年収換算すると
2,508,012円であり、それを年間1800時間の
労働時間で得るには時給1394円以上が必要と
なる。
 このような試算は、個別企業が支払う直接
賃金ですべての必要生計費を賄うことを前提
としている。だが公営住宅、家賃補助、教育
費の無償化、医療費の免除など、税や社会保
障を通した所得再分配で賄われる範囲が広が
れば、必要生計費は下げることが可能である。
 もっとも、税・社会保険料といった非消費
支出は増えるため、必要生計費の低下相当分
がそのまま賃金の低下につながるわけではな
く、企業コストとしては変わらないかもしれな
い。だが生活できる賃金の一部が個別企業か
らではなく政府を通した所得再分配のルート
で 保 障 さ れ る よ う に な れ ば 、た と え 失 業 し て も 、
無業者でも、自営業や請負労働者でも享受で
きるようになり、社会連帯は広がるだろう。
5 課題
 連合リビングウェイジは文字通り最低限の必
要生計費である。先の事例では、住居費はわ
ずか月額41,854円、教育費も月額8,377円しか計
上されていない。それでも時給1400円未満では
1人の子どもも育てることはできないのであり、
正規雇用が広がった現代の日本社会がいか
少子化を招き、子どもの貧困を拡大させるか
を物語っている。
 留意すべきは、この必要生計費は子どもは
小学生と仮定していることである。小学生の子
どもはやがて成長し、中学生、高校生、専門
学校 生や大学生になっていくだろう。子どもの
成長にともなう生計費の上昇に、賃金の上昇が
追いつかなければ、子どもを育てて生活してい
くことは できない。
 このように考えると、生活できる賃金とは、
単なる一時点の処遇の問題を超えて、すべての
労働者が仕事を通して学び、成長し、役割を得
て、能力を発揮し、相応しい待遇を獲得する長
期的な展望をともなわなければならない。なぜ
なら企業の賃金支払いを労働者個々人の具体
的な生活に対応させることは非現実的であり、
実際の賃金制度は職務や能力に対応したもの
にならざるをえないからである。
 重要なのは、労働者の職務に合わせた賃金
であっても、労働者の能力に合わせた賃金で
あっても、それが生活できる賃金 水 準を下回ら
ないことである。そしてその水準は子どもの養
育費用が全額社会化されない限り、労働者の
年齢にしたがって上昇していく。それゆえ、労
働者の年齢にしたがっていかに賃金を上げてい
くことができるか、能力形成や職務配置のあり
方が具体的な労使の課題となる。また、現実
問題として、3年や5年といった有期雇用が広が
るなかでは、単なる一企業の処遇のあり方にと
どまらず、 企 業 横断的な教 育訓練や評 価 制度
のあり方を考えていかなければならないだろう。
おわりに
 2012年の総務省「就業構造基本調査」によ
ると、2011年10月から2012年9月までの1年間に
雇用者(役員を除く)として初職についた者で
正規の職員・従業員だった割合は、男性で
64.9%、女性で46.8%である。つまり男性の3分
の1以上、女性の2分の1以上は、もはや初職か
ら非正 規 雇 用者としてキャリアをスタートさせて
いる。このような若者が仕事を通して学び、成
長し、出産・子育てもしながら、働いて生活し
ていけるかどうか。非正規から正規への移行を
促すばかりでなく、非正規でも暮らしていくこと
ができる社会を設計していかなければならな
い。「多様な働き方」が広がるなかで、生活で
きる賃金のあり方が問われているのである。
1 国土交通省ウェブサイト(http://www.mlit.go.jp/
crd/daisei/telework/index.html)。
2 内閣府男女共同参画局「第3次男女共同参画基本計画」
の第4分野(雇用等の分野における男女の均等な機会
と待遇の確保)と第5分野(男女の仕事と生活の調和)
の成果目標にあげられている。
3 OECD Factbook 2014。2010年前後の比較である。
4 OECD Factbook 2009。2000年代半ばの数値である。
5 OECD Family Database 2015。